公開日 2026年06月10日
英語は目的ではなく、未来へ進むためのツール
~市川先生が語る、オーストラリア留学と人生の転機~
島根大学外国語教育センターで始まった新企画「あのとき出会った言葉と文化」。
第1回のスピーカーとしてお話いただいたのは、本センターで英語教育に携わる市川美穂先生だ。
オーストラリア留学中にホストマザーから受けたある問いかけが、人生を大きく変えたという。

そもそも留学しようと思ったきっかけは?
市川先生がオーストラリアへ渡ったのは、すでに社会人として働いた後だった。
勤務先の近くには三菱自動車の工場があり、ドイツをはじめヨーロッパから来日している外国人が勤務先の会社に多く訪れていたという。働くなかで自然と英語を使う場面が増えていった。
「英語で対応できそうな人が私しかいなかったんです。なので、“やるしかない”という感じで、改めて英語を勉強し始めました。」
仕事を通して英語に触れるうちに、「もっと深く学びたい」という思いが強くなり、留学を決意した。
しかし当時は、“なぜ自分は英語を学びたいのか”について、そこまで深く考えてはいなかったという。
「振り返ると、“英語を学びたい”という気持ちだけが先にあって、その先で何をしたいのかまでは、あまり見えていなかったですね。」
英語だけではない、オーストラリア留学の魅力
市川先生がオーストラリアを留学先に選んだ理由は、英語学習の環境に加え、安全面や多文化社会の中で生活したいという思いがあったからだ。
「オーストラリアは日本人への理解もあり、“ここなら安心して学べる”と思ったんです。」
「英語をしっかり学べることはもちろんですが、安全面や生活環境も大事でした。それに、せっかく海外へ行くなら、多文化社会の中に身を置きたいと思っていました。」
実は長期留学の前にも、短期でオーストラリアを訪れていた市川先生。
「短期留学でブリスベンへ、観光でケアンズ、シドニーには行ったことがあったので、せっかくなら、まだ行ったことのない場所に行きたいと思ったんです。」
また、南半球ならではの“夏のクリスマス”を体験できることにも魅力を感じていた。
「オーストラリアで夏のクリスマスを過ごしてみたかったんです。日本とは季節が逆なので、“どんなクリスマスなんだろう”って興味がありました。」
「何を言っているのか分からない」 オーストラリア英語との衝撃的な出会い
しかし、現地で待っていたのは想像以上の“言葉の壁”だった。
「最初の2〜3か月は、本当に何を言っているのか分かりませんでした。」
オーストラリア英語はイギリス英語をベースにしながらも、独特の発音や表現が数多く存在する。
“G’day mate” (やあ!/こんにちは!)
“Ta” (ありがとう)
“lift” (エレベーター)
“rubbish” (ゴミ)
さらに、スペルもアメリカ英語とは異なる。
color → colour
organize → organise
center → centre
語学学校のプレイスメントテストでも、こうした違いに戸惑ったという。
それでも、次第に「違いそのものを面白い」と感じるようになっていった。
「英語は一つじゃない、と気づいたんです。」
多文化社会で変わった“英語観”
語学学校には、台湾、韓国、ブラジル、スイス、インドネシアなど、世界各国から学生が集まっていた。
教師もオーストラリア人だけではなく、南アフリカ出身の先生など、多様な背景を持っていたという。
「向こうの人たちは、日本人の英語も受け入れてくれる姿勢があった。私の話すつたない英語でも、好意的に理解してくれたんです。」
移民国家であるオーストラリアでは、“多様な英語”が自然に受け入れられていた。
「黙っている=学んでいない」授業で感じた文化の違い
特に衝撃を受けたのが、授業への参加姿勢だったという。
「日本では静かに聞くことが“良し”とされますよね。でもオーストラリアでは、発言しないと“参加していない”と見なされるんです。」
授業では、積極的な発言やディスカッションが重視され、“Active Participation(積極的参加)”が評価に直結する。
「先生との面談で、“もっと自分の意見を言わないとダメ、自分の意見をいうことをためらってはいけません”と言われたんです。」
その時、日本とオーストラリアでは授業のスタイルや、評価のポイントが違うということに気が付いたという。
「当時の私は、正しい英語を話すことを意識しすぎて、間違った英語を話すことを恐れていました。
先生は、たとえ誤りのある英語であっても、自分の意見や考えを言うことの方が大事であるということが伝えたかったのだと理解しています。」
「What is your goal in studying English?」ホストマザーの一言が人生を変えた
留学生活の中で、最も忘れられない出来事がある。
ある日、ホストマザーからこう聞かれた。
“What is your goal in studying English?”「英語を勉強して、あなたは何がしたいの?」
しかし、その時、すぐに答えられなかったという。
「“なんで私は英語を勉強してるんだろう?”って、自分でも驚きました。」
日本では、「受験のため」「テストのため」に英語を学ぶことが多い。しかし、“英語を使って何をしたいのか”を深く考える機会は少ない。
するとホストマザーは、こう続けた。
“English is just a tool for your future.”「英語は、あなたの未来へ進むためのツールでしかないのよ。」
「留学前の自分には戻れない」
異なる文化の中で生活するうちに、少しずつ自分自身の価値観を見つめ直していった。
・自分の「当たり前」は世界では当たり前ではない
・生き方には多様な選択肢がある
・失敗や困難が人を成長させる
・日本を外から見ることで、日本の良さも課題も見えてくる
「留学に行く前の自分には、もう戻れないですね。」
留学が、今のキャリアにつながった
帰国後、市川先生は、英語教育の道へ進んだ。
現在、大学で英語を教えている原点は、間違いなくオーストラリア留学にあるという。
“The moment in Australia became a turning point that shaped my future and led me to my current career.”「オーストラリアでの経験が、私の未来を形づくり、今のキャリアへとつながった。」
語学学校で出会った教師たちの存在も大きかった。
「多国籍のクラスをまとめながら、全員が参加できる授業を作っていたんです。その姿を見て、“私もこんな先生になりたい”と思いました。」
なぜ私は英語を学ぶのか
市川先生にとってオーストラリア留学は、英語力を磨くための経験にとどまらず、自らの生き方や価値観を大きく変え、今のキャリアへとつながる人生の転機となった。
英語を学ぶことは、単に言葉を習得することではない。
異なる文化や価値観と出会い、自分の世界を広げ、未来への扉を開くことでもある。
「英語を勉強して、私は何がしたいのか」。
この問いは、これから海外へ挑戦しようとする学生たちにとっても、大きなヒントとなりそうだ。


